神隠し






ふぁぁ、暖かい陽気。暖かいのは陽気だけで風は吃驚するほど冷たい、春先。外を見ると中庭の大きな木が風でざわざわと忙しなく揺れている。葉っぱが何枚か落ちて地面に模様を作る、見る、欠伸、結果、暇。校舎三階廊下側一番前。結構有り難くもない席に居座っている。隣の席は空っぽ。先月古屋君という男の子が事故で入院をしてしまって病院にほど近い学校に転校してしまった。さようなら古屋君、何となくガンダムの話を振ってきてくれた古屋君、あたしわからないってなんどもいったのに…、静かになった。ありがとう事故に遭ってくれて。少々罰が当たりそうな感謝をしつつぼーっとする、めんどくさ。筆箱からペンを取りだして何か描こうと思う、雑貨屋で買った蛍光ペンと赤ペン。水色と赤。それとシャーペンで下手な猫の絵を描く。何も考えないでただペンの行き先だけを眺める。さらさら、きっき。目が赤と水色の猫。無意識、何で今更こんな物を書いたんだろう、鼻で笑う。ふふん。
この猫は、小学生でまだ田舎の方にいた私が実際に見た猫。曖昧で朦朧としていて、下らない記憶の中でこれだけは今でも鮮明な色と形をしている。オッドアイの猫。田舎どころか日本にこんな猫が居るのか、と中学生になった私は自嘲気味に笑う。ふふ、声が出た。古屋君の席の横の男の子が不思議そうにこっちを見た。みてんじゃねぇよ。HRまであと15分、暇だから猫のことでも思い出そう、丁度こんな陽気の日、でも風は暖かくて柔らかかったこんな日。



きりーつ!れい!!せんせーさよぉなら、みなさんさよおなら!!……馬鹿みたいな挨拶をまた馬鹿みたいに甲高く大きい声で済ます。小学2年生、クラスは1組。実は1組までしかない、20人にも満たない小さな学校小さなクラス、世界は狭い、そしてちいさい。「ちゃんばいばい!」「うん、またね」腕をこれでもかというくらいに上げて振る、日に焼けた女の子。その子に答えるために顔の横で手を振って挨拶。何人かのグループで固まって高い声でお喋りしながら帰る赤いランドセルの集団、ふぅんばかばかしい。椅子に座ったまま何もかかれていない黒板をながめる、緑のくせに黒を名乗るとは良い度胸だ。クラスメイト全員が帰ったのを確認してランドセルという革の入れ物に教科書を詰め込む。かさばる。もっと小さくしてくれないかな、無地のちいさな筆箱を入れて、ぱたんと閉める。それを背負って学校から出ていく。時計を見たら12時を少し過ぎている。父親も母親もたしか仕事だ。家に帰ったらなにをしよう、暇。通学路を通って帰る、坂道を少し降りたときにふと、なにか気になって振り返る。でもなにもない、あるのは校舎だけで偉そうにわたしを見下ろす。……ふん、と踵を返して歩く、歩く歩く歩く。ミャー...、チリンチリン。 歩く歩く、チリンチリン。 歩ミャー、足下を見たら黒っぽい青っぽいやっぱり黒っぽい猫がじっとわたしを見上げている。右と左の目の色が違って、首に白いリボンと鈴が付いてる。図鑑で見たこと有る、あれはオッドアイって言うんだ。物珍しさに抱き上げようとしたらするりと腕から逃げられた。軽い足取りでそのまま近くの幼稚園の方に行ってしまった。おいかける、誰もいない幼稚園を横切って猫を追いかける。追いかける走る。猫は軽い、鈴の音。
幼稚園を抜けてクローバーばっかりの原っぱに出る。一人で四つ葉のクローバーを探したことがあるなぁ、白と緑の絨毯をねこがあるく、わたしはおいかけるける。気が付いたら森の入り口。わたしはこんな所を知らない、原っぱの向こうはお地蔵様を祀ってある林があるだけでこんな暗くて大きな木は無い、はずなのに。無意識のうちに2.3歩下がってしまう。すると順調に止まることの無かった猫がぴたりと動きを止めてゆっくりコチラを振り向く。先に赤い目がこっちを見る。血よりも不気味な色。口角を少し上げて ニャー、と笑った。猫はそれきりこちらを向かなかった。そしてゆっくり森の方に消えていった。なんだか悔しくてわたしはそのまま見たこともない森へ足を踏み入れた。(此処は何処だ!!)

どれくらい進んだだろう、森じゃない、だからってあの田舎道でもない。道路でもない。空が真っ赤。所々どす黒い、気持ち悪い。周りは水だ。赤い水。空の色を反射してるのか水自体が赤いのか見当が付かない、赤、上を見てもどころ見ても赤赤赤赤赤赤、アカ。吐き気が、しそう。来た道を見ても森なんて見えないし前を見ても同じ道ばかり。一つ違うのは前にあの猫が優雅に歩いてるだけ。チリチリ、鈴の音が聞こえる。あんなに離れていても聞こえる鈴の音。それだけがわたしを前に進ませようとする。ランドセルが重い、肩が痛い。でも歩かざるを得ない。なんでだろう。でも歩く、歩くったら歩く。あの猫捕まえて撫で撫でするんだ!!ちょっと(いやかなり)無謀な目標を掲げてズンズンと歩く。どれくらい歩いたか見当も付かない、でも風景が変わった、一本道が二手に分かれた。猫は右の道にいる、こっちを向いて、座って、ニャーニャーと鳴く。オッドアイの目がじぃっとこっちを向いて厭らしく笑っている、ニャー。ふらふらとそっちへ行く、猫。ニャー、赤い目が、じっとこっちを見て、アカ、赤い目。ねこ、あ「そっちにいってはいけませんよ」勢い良く後ろを振り向く、猫と同じオッドアイの男の子がこっちを笑いながら見ている。アカだ、赤い目をしている。「生身の人間を連れてきたようですね、まったく困った従者ですよ。」私の横をスゥッと通り過ぎて猫を抱きかかえる。猫が気持ちよさそうにゴロゴロと咽を鳴らしながら全体重を男の子に預けている。幸せそうだ。そのままポカンと私はそのオッドアイの二人(いや、一人と一匹だ)をみていた。腐った水の臭いがする、習字の時みたいな、墨の、匂いがする。もうちょっと癖が強い、余りいい臭いではないな。眉が潜まる。そんなわたしを男の子はじっと見る、吸い込まれそうな青色と、殺されそうなほど恐ろしい赤い目。「貴方、此処が何処だか分かっていますか?」分かるわけない、大人しく首をフルフルと左右に振る。私の黒い髪がばさばさと左右に揺れる、邪魔だ。

「ここは地獄の入り口です。」
「はぁ…」
「良かったですね丁度良く僕が来て、生身のままだと死ぬよりも辛いですよ。」

そういうと男の子は私の腕をぐいっと引っ張った。赤い水に二人(こんどは二人と一匹)がぼちゃんとおちる。田んぼみたいに浅いと思っていたそれは、底がないように深い、実際底なんて無いのかも知れない。ガボガボゴゴ、ぶくぶく。不思議と息は苦しくなかった、苦しくなかったけど体中がギリギリと締め付けられる。腕は掴んだまま、男の子は微笑を浮かべたままゆっくりと赤いみずに沈んでいく。暗くならない、何処までもアカ、赤い。もう沈んでるのか浮かんでいるのか、分からない。男の子がこっちをすぅっと見る。赤い目が恐ろしくない。周りも赤いから?そうなのかしらん、ふふ。笑ってしまう。

「僕は六道骸です、あなたは?」
。ねぇむくろ、骸はなんなの?」
「ぼくは、そうですね…死神とでも言いましょうか。」

そういって六道骸は沈んでいく足元を見た。真っ黒な丸い何かがぼぉっとみえてくる。その周りに一際赤い何かと、オレンジ色の何かが混ざっていて…、フラフラと揺れるなにかが少しずつ近づいてくる(私たちが近づいている?)大きな釜。炊き出しの時なんて言う大きさじゃなくて、家が一軒まるまる入りそうな大きな釜。ごうごうと音がする炎。何だここは水の中じゃないのか。興味本位で近づいてみたくなる、でも骸がそれを許さない。熱気が少しずつ近づいてくる。あつい、あついあつい…。体が強張る。普通じゃない。六道骸を見るとにこっと笑った。「これは畜生道への入り口ですよ、迂闊に近づいてはいけません。」いいながらすうっと進路を変える。それを背にしてまたすうっと落ちる。骸をチラチラと見ていると目が合う。青い目、綺麗。空のようだ。よこの赤。怖くない、綺麗。きれ…ぃ………………。…、すうと頭の中が暗くなる。「、もう迷い込んではいけませんよ。」優しい声色。「…、」







……、ゆめを見ていた。思い出しながらそのまま夢の世界へ旅立っていたようだ。HRが始める直前。ふぁ、と欠伸を噛み殺す。頬杖を付く。懐かしかったな、むくろ。そのあと気が付いたらわたしは病院にいた。三日間ほど行方不明だったらしい。びしょ濡れで地蔵の前に倒れていたらしい。着ていた白のシャツは赤色に染まっていたらしく(というか全身真っ赤だった。靴も肌もズボンも全部)父と母は蒼白になったらしい。何度洗っても落ちない赤色のシャツは気味悪がられて母がすぐに捨ててしまった。あの時筆箱に入っていたお守りは今でも制服の胸ポケットに入れてある。水の腐ったような独特な臭いは月日が経つと自然に消えていった。それから父と母はその場所が気味悪くなったのかすぐに引っ越しの準備を始めた。黒曜の方に引っ越そう、と。せっかくの田舎で島で、海も綺麗だった場所は大好きだったけれど子供は親について行くしかないものね、と荷物をくくっていた。その時の朱色のお守りは白の糸の部分以外は外見が余り変わらなかった。場所は変わってもこれだけは変わらなかった。昔話はこの辺りにして頬杖をつきながらわたしは担任が入ってくるのを待つ。コツ、コツ。廊下を歩いてくる音がする。あぁ、やっときたのか。HRの開始時間から5分以上過ぎている。悠長な担任だよな、とため息をつくために息を吸い込む。 、臭い。ツンとする臭い。泥、水。頭がすぅっと冷たくなる、冴える。心臓がドンドン皮膚を叩く。赤、青。オッドアイの猫、男の子。六道骸。映写機のようにさっきの夢が繰り返される。パタパタとおとがして、切り替わる、切り替わる。 ガラガラ、と教室のドアが開いて担任が入ってくる。その後ろに見慣れない男子生徒。青色の目が見えた。頬杖を付いたまま見上げる。黒曜第一中学の制服をきっちり着こなしている。似合う。 前で担任が説明してる、転入生だの、仲良くしろだの、なんだの、そんなのどうでもいいよ。皮膚が裂けそう、なくらい心臓が忙しなく動く。ドンドンドン。その、転入生が私の方を見てゆっくり笑う。オッドアイじゃない、けど。あの時から何も変わってない、別人だとしても似すぎている。

「六道骸です。よろしくお願いします」

また、つんとする臭いが鼻先を掠った。「お久しぶりです。」彼は私の方を向いて確かに言った。





神隠し

(なんなのよこれ、山羊さんリク。答え切れてない 20070709)