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純粋に、キスがしたいと。 純粋に、抱き締められたいと。 純粋に、好きになってよかったと。 純粋に、愛されたいと。 思って思って思って…、これは悪いことですか? 貴方が年上だからですか? 貴方が大人だからですか? 貴方が先生だからですか? それは夢だと言わないで下さい、 それは憧れだと言わないで下さい、 それは幻想だといわないで下さい、 それは幻だと言わないで下さい。 現実を見せないで下さい、 引き戻そうとしないで下さい、 目覚めさせようとしないで下さい、 私を否定しないで下さい。 カツンカツンカツン、鉛筆が机を何度も何度も叩く。その度に黒い粉が散って汚れていく、カツンカツンカツン。そんな様子を教卓から小テストの採点をしながら盗み見る。放課後、夕暮れ。教室は真っ赤、教師、生徒(女子生徒。)窓側の一番前で俺の目の前にいる女子生徒《》は何度も何度も書いては消し書いては消し、机に鉛筆を打ち付けては黒い粉が飛び散る散る。そんなことを小一時間続けているをこれまた何回分も溜まったテストの採点をしている俺は何度も何度も盗み見る見る。気になる。詩の内容もさることながら、誰にあてるのか気になる。だれだろう、ウチのクラスに来る先生は結構多いからなぁ、難しいところだ。「センセ」あー、生物の郡山先生か?それとも化学の里山先生?(さすがに老けてるか)「センセ」うーん、いざ考えるとなると難しい……「センセ」を? 「んをぁ?なんだ?」 「何度も呼んでるんですけど」 「スマンスマン、で。なんだ?」 ふぅ、と歳に合わない大人びたため息を年相応のぷっくりとした血色の良い唇から漏らす。長い睫が外からの赤い光で長い影を顔に落とす。歳に似つかない部分が多すぎる俺のクラスの生徒。盛大に化粧をしているわけでもなく、だからといって何もしていないわけでもない。多分薄いファンデーション位は塗っているんだろう。汗でも落ちない不思議、なファンデーション、……。 「お、分かった。それ俺に宛てたラブレターだな」 「黙れ変態。」 「教師に向かってそれはないだろー」 場を和ませようと言って見たが、撃沈。誰宛なのかをしつこく聞き出すも、撃沈。なんで学校で書いているんだって聞いたら、撃沈…はしなかったけれど。「此処にいれば素直に先生宛のラブレターが書けると思って」へぇほぉ、だからそれは誰なんだよ、ときくがまたしても撃沈。いやぁ最近の女の子は強いな(それはいつの時代も変わらない大人びた女性)「センセ」何回も繰り返されている俺を呼ぶ音。何度も何度も繰り返されるセンセの音。せめて先生と言って貰いたいと思ってしまうのは仕方がないと思う。「なんだ?」と赤のサインペンの蓋を閉める。なかなか閉まらないからダンダンガンガンと机に打ち付けてしまう。俺の癖だ。は別に驚く風もなく伏せめがちの目で頬杖をついて、真っ赤に染まった外をただぼーっと眺めている、なかなか…絵になるな。 「ハジメ先生彼女居るの?」 「はぁ?」 「ねぇ、おしえてよ」 「いねぇんじゃねぇの?」 意外とヘタレだしな。クススと笑ってしまった。あぁ、こいつはハジメに恋をしたのか、と。ただ純粋に、キスがしたい相手はハジメで、純粋に、抱き締められたい相手もハジメで。純粋に、好きになってよかったと思いたい相手はハジメで、純粋に、愛されたいと願いたい相手はハジメなんだ。悪いことなのかと自分に問いかけるコイツの頭にはハジメが巣くっているんだ、と。の脳内でメロンパン工場に住んでいるハジメが赤い自転車に乗って牛乳を配りながらメロンパンをかじっている姿が浮かんで、またクススと笑ってしまった。 相手が年上だから悩むことはない少女よ、相手が大人だからと苦しむことはない少女よ。相手が先生だからなんなんだと言い返せるくらい大きくなれ少女よ。それは夢だと誰も言わない、それは憧れだと誰も言わない、それは幻想だと誰も言わない、それは幻だと誰が言う物だろうか。けれど現実は見なきゃあならないんだ少女よ、引き戻さないとならないことだって有るんだ少女よ、目覚めさせなきゃ遅刻することだって有るんだ少女よ、貴方を否定なんてしないから。ふうと、俺がため息をついてしまった。年相応で、ちょっとオッサン臭い、大人の男のため息、恋する男のため息(なんちゃって) そのままテストの束を持って職員室へと向かう。その後ろにスリッパを引きずりながらダラダラとついてくる。何ともまぁ滑稽な物だろうか!!職員室の横にある職員玄関のハジメの靴箱にさっきのの消しゴムあとが沢山あるラブレターを四つ折りにして入れた。パタンと扉を閉めて、二度手を叩いてお参り。なんだそれは神の祠か。クススとは笑わなかったけれど、(苦笑するしかなかった)そのままくうるりとこっちを向いて「センセ、ありがとう」とまぁ何をしたかとくに覚えがないがお礼を言われて悪い気がするわけがない、そのままパタパタと教室の方へ駆けていった。(女子高校生らしい)ガラガラと職員室の扉を横に押すと当直(日直?)の先生が何人か机に向かって作業をしていた。(たいへんだなー、)と、目の前のハジメの机を見ると真っ白の紙になにか殴り書きされている、えーっと…「先輩!何してんですか!!」購買から買ってきたのであろう夕食のメロンパンを放り出してまでその机の紙を体全体で隠すとは…、(よっぽどの物なんだな。) 「何勝手にみてんですかー!怒りますよ俺!!」 「みせてんだろ、ったく。なんだよそれ気になるだろ」 べっと舌を出して手早く四つ折りにしてジャージのポケットに手早く入れる。抜け目のない奴だな。そして投げ出したメロンパンを足早に拾いにいく。クッキー生地の部分がボロボロになっていた(自業自得だ)それから適当にプリントをまとめて帰る準備をする。日直じゃなかったのかコイツ…、まぁそれは俺も同じだ、と。「お疲れさまでした先輩!」そう言って軽い足取りで職員室から出ていく。さてはてまぁ此処で気になるのが先輩という物なので、何度も何度もポケットの上から手を当ててはそわそわ手を当ててはそわそわを繰り返す奇行後輩を物陰からそっと見守りつつ、いつの間にか生徒昇降口の下駄箱まで来ていた(つーかアイツ靴も履き替えないで何してんだよ置き勉チェック?熱心だな。)キョロキョロと辺りを見回す、吃驚して俺は素早くハジメの死角に入る。うひょーこえぇぇええ!!つーか此処俺の担当クラスの下駄箱じゃねーか!!チラチラと見てみるとアイツは辺りの警戒なんて全くしなくて丁度目の高さにある下駄箱のドア(うん?蓋?扉?)をカチャッと開けた。だれのだよ、ちょ、それプライバシーとかにもしかしたら関わるんじゃないのか!?(今更)ポケットから四つ折りの紙をゆっくり取りだして、それを中に入れて、慎重に、ゆっくりと、パタン。静かな音が響く。閉めた、なるほど。あとで確認に来るかと思って見つかる前に立ち去ろうとしたら、パンパン、って手を叩く音がした。お前等は馬鹿ップルか!(と思って気が付いた、)ハジメの殴り書きのチラと見えたラブレターらしき物は宛か、あーぁ。ネタが分かったらなんだか急に色あせたりそうでなかったり。当分はコイツ等二人を弄るネタにはなりそうだ、クススと笑ってスリッパの音を立てずに立ち去る。 なんだこいつららぶらぶじゃねーかばかやろー! |