また朝がきた。





憂鬱だ。うっとおしい朝がきた。また何かを食べること強要される、下手をしたら父上が来るかも知れない、兄上かもしれない姉上かも知れない…身内に言われるとなんだか食べなければ殺される気がする。兄上はそうでもないけれど父上は怖いそうなりそうで怖い。死にたいけれど誰かの手に掛けられるのは嫌だ。今日も太子は来てくれるのだろうか。日が昇ってない外は暗い。必然的に暗くなっている部屋を眺めながらぼぅっとおもった。私は太子を一番信頼しているのかも知れない。いいことだ一人いると言うことはとても心強い、何かあったら相談したいでも太子は父上の手の届くところにいるなにかしたら太子の命も危なくなるのかも知れないそれは嫌だこれ以上あの人に迷惑は掛けられない。巡る思考、いつまでもつきない思考。だから考えることは嫌だ深く考えることが嫌だ。でも食べることよりはましだ。今日はどんな言い訳を使って追い返そうか。簾の前にいる兄上の舎人も追い返してみたい、私の世話係だという中年の女人も二度とここには来て欲しくない。私は一人きりになる時間という物を手にしたこともない。しかし冷静に考えるとそんな物は必要ないのだ。父の目を欺き、母の目を欺き、姉上兄上の目を欺き倭国の目を欺く…。それには何人かの風除けが必要だ、それがきっと彼らなんだ、そうおもうと別に誰がいようと関係なくなる。別に利用している気はない、彼らも私を利用するというなら喜んで利用させて貰おう。それまでこの思考はお預けだ。大事に頭の隅で暖めておこう。日が昇ってきたのか外が淡い色になろうとしている。この色は好きだ、全てが儚く見えるから。この色が見え出すと此処にいる大抵の人間は朝ご飯を食べ始める。もうそんな時間か。廊下を何人かが歩き、時には走る音がする。走っているのは兄上か、それともほかの偉い豪族だろうか。官位が高いひとなのか。それは分からないけれど此処にいる以上騒がしくはして欲しくない。簾の前で人影が見えた。立ち止まっていて何かを手にしている。小野殿だろうか。(妹子と呼べといわれたけれど正直呼びにくいからこのままでいいやとおもった。)





様、朝食をお持ちしました。入っても宜しいでしょうか。」
「どうぞお入り下さい。」





諭すとすっと簾をあげて入ってきた。腕には湯気の立つ暖かいであろう粥がある。これを私は食べるのか。ふわっといい匂いがして空腹感が思い出せそうだった。でも何も思い出せなかった。空腹なんて感じない私は人形。そうなのだ私は人形だ。食べたくない、食べなくて知られないうちに死にたい。おや珍しく様は長く眠っていらっしゃるのですか、そろそろお起きになられないと馬子様が心配なさりますよ?か。うんいい脚本だ。これで朝廷は大騒ぎ。随から来た使者もはねとばす勢いで私の葬儀が行われて泣く人は居ない。泣いてくれたら嬉しい人は一人だけだ。父上はきっと泣かれない。ただ、なくとしても我が子の為じゃなくて政治の大切な道具を失った悲しみに打ちひしがれるだけだろう。「様、今日は約束通り食べて貰いますよ。」昨日と同じように膝の上に粥のはいった器を置いて今日は木製の匙(さじ)を添えている。食べやすくなったと言えば食べやすいがそれは食べることを前提にしていて結局私は食べないから何の意味も為さない木の枝になるんだ。そしてこれは動力源。しかし活用しなければただの塊だ。特に意味を為さない。置いて、眺め見るだけでは何も効果がないもの。「食べたくありません。だからこれは誰か頑張っている人や農民の方々に返して下さい!!私が食べても何も意味がないじゃないですか!!」つい大声を出してしまう。幼少の頃見た農民の苦しそうな姿がチラリと脳裏によぎる。子どもはやせ細っていて親は痩けている。その姿で懸命に畑を耕し米を作り野菜を作っている。この人達は山に行って狩りをすることも滅多にない。肉類だって口になかなか入れない。枝のような黒々しく細い腕で私の食べている(食べたくはないが目の前に置かれている)米や粟を作っている。なぜ私のようなモノが此処にいるのか、此処に生まれたのか未だに分からない。大臣の娘としての、皇女としての威厳も風格も何一つ持っていない私が何故?






「約束です食べて下さい。」
「約束でも私は食べたくないのです!帰って下さい」
「それは出来ません、わたしは馬子様から命を受けた食事係なんですから。」
「父上は関係ない!!私の意志です、帰って!!
「それはなりません、馬子様に食べなければいつまでも居てくれと言われましたから。」






なんてことだ…。父はそこまでして私を生かしたいのか…唖然として口がふさがらなかった。流石父上。蘇我の血にこだわり此処まで権力を手に入れ何もかもを金と圧力で解決させていた人間だ。あれが欲の塊で人間と呼ばれる者だ。いくつだったか、そう覚った。ふん、それでも食べたくないものは食べない!!!と今(いやほんとうはずっと前からだけれども)心の底から決めた。こんなに食えるかフンッみたいな感じのオーラを体全体から出しながらキッと小野殿を睨んだ。「お帰り下さい小野殿。私は食べないと決めたら食べません頑固なんです!!」声を荒げて言った。廊下の方にも響いたかも知れない、でもそんなことどうでもいい私の気持ちだ食べてたまるか。小野殿と逆の方向を向いて頬を膨らまして、全身からまるで戦地にいる敵の大将に向けるようなオーラを出してみる(実際出てるかは定かではない)とりあえず私のこの嫌な気持ちが少しでも伝わって可哀想な人だの一言ですましてくれればそれでいいそれでいい。だからはやく出ていってくれ食べたくない食べたくないんだ!!「様一口でいいんですたべて下さい。」……伝わらなかった。私の腹の中のドロドロした気持ちとは裏腹にさわやかな笑顔で匙に掬ったお粥を私の差し出している小野殿。その笑顔を見ているとフツフツと湧いていた怒りがすこしずつ収まっていつもの何も考えていないときの気持ちになった。そして小野殿の方をすっとみて口を開いた。






「一口で、良いんですよね?」
「本当はもっと食べていただきたいんですけど…。」
「ひとくちなら、食べます。だから、今日は帰って下さい」
「食べていただけるのですか!?」






キラキラと小野殿の目が光ってみえた。小動物みたいで不思議だと思った。小野殿は人間らしい、ふとそう思うとじぶんの存在が凄く惨めに思えてくる…ヒトですらない私はいったい何と呼ばれるモノなんだろうか。肩を少し落として項垂れていると小野殿が差し出した匙が口の前に運ばれてきた。「口を開けて下さい」と、微笑んでいる。仕方がない…観念している私は大人しく口を小さく開いて粥を口に含む。暖かい…、よく噛むと甘い味に変わっていって、ごくりと飲み込む。粥が食道をすっと通って体に取り込まれたのが分かった。ふぅ、と一息ついて小野殿の方を見る。やっぱり小動物みたいなキラキラした、でも少し驚いたような顔で私の顔を見ていた。…いや、寧ろ匙とか口の方かも知れない。食べたことに対してこんなに驚いてくれるのか。面白い人だな、て思うと少し気持ちが綻んだ。(顔は綻んでないけど。)でもなんだか気恥ずかしいような不思議な気持ちになって俯いた。「ほ…ほら小野殿!!私食べましたひとくち食べました!もう帰って下さい!!」そして来ないで下さい、付け加えようとして止めた。咽の、ここらへん(真ん中くらい)まで上ってきたけど、飲み込んだ。なんでだろういつもなら別に戸惑ったりしないのに…。「そうですね、約束しちゃいましたしね…。じゃあ僕は帰ります明日は今日より食べて下さいね」微笑んでまだ殆ど残っている粥と匙を持って簾を潜って出ていってしまった。人が一人へった部屋。いつも通りのガランとした寂しい部屋。これが普通なのに、太子も来ないこの部屋はこれが普通なのに、なにか、物足りなくなって…さみしい。部屋に少し残っている粥の匂いと何処からか拾ってきた香の匂いがする。不思議、いつも嫌いで吐き気がするくらい嫌な匂いなのに、嫌じゃない。むしろ…好き…かも、しれない。…………馬鹿馬鹿しい、そう思って頭を軽く横に振って今の考えを飛ばす。この気持ちは何だろう。暗い天井を仰いで自分自身に問いかけた。









簾を潜って出てきた青年はふと、手に持った粥を見た。普通の女なら、人間ならすぐ食べてしまえるごく少量の粥。なのにこんなに残っているのは何故か、疑問符をつらつらと頭に並べる。すぐそこにあった壁に寄りかかって体重を預ける。何故、あの人はこれすら食べないのだろうか。もう一度粥を見る。勿論減りはしない。むしろ増えたようにも見える。どういう目の錯覚だ…青年は自分を嘲笑った。あの人のことは嫌いではない。身分の高い、大臣の娘。只それだけで、大臣のような権力に興味があるわけではないけれどなぜか、毎日おきたらこの時間が楽しみでいつもより早く起きている自分がよく分からない。息を吐くついでにこの気持ちも一緒に吐き出す。少しだけ、気持ちが軽くなったような気がする。少しだけ、そう、すこしだけ。むねがもやもやする、この気持ちは何だろう…。










薄い薄い   。薄いくせに気持ちなんて幾らも届きやしない。